カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。いつの間にか、朝になっていたらしい。
 久々に質の良い睡眠を調歌して、臨也はベッドから身を起こすと一つ大きく伸びをした。裸身に赤い傷痕が幾つか走っている。
 そしてキングサイズのベッドの向こう側にあるふくらみに手を伸ばして、揺さぶった。
「……朝だよー、起きなさーい」
 だがそのふくらみは二、三度もぞもぞと小さく動いただけで、顔を出そうとしない。
「君、いつまで寝てるつもりなの? ほら、これから出かけるんでしょ、さっさと起きなさい」
 もぞもぞ、もぞもぞ。それは小さく動きはするが一向に起き上がる気配がない。
「ほら、起きるよ、帝人君っ……」
いい加減庫れを切らした臨也が思い切り布団を捲り上げると、そこには――
「〜ッ〜うううううう!!」

 次の瞬間、帝人の怒号がこだました。



「……別にあんなに怒んなくったっていいじゃん……」
 ぶつくさぼやきながら新宿の駅前を彷徨っているのは、先ほどまで上機嫌だった臨也その人である。
 もっとも、今の機嫌は急降下真っ只中、嫌な奴に会ったら問答無用で蹴り倒しかねない勢いだ。
 それもこれも全部帝人君のせいだ、と今ここにいない人物に向かって愚痴を呟く。
 今日一緒に出かけようと言い出したのだって帝人の方なのに、朝になってみれば「こんな状態で動けるはずないじゃないですか!」と思い切り文句を言われてしまった。
「……確かに、昨日ムリさせたのは俺だけどさぁ……帝人君だって、イヤがんなかったし」
 まあ、そこで調子に乗ってしまったのも事実なのだが。
 そのおかげで一日布団の住人と化してしまった帝人に「しばらく顔も見たくないですッ!」と喚かれ、結局一人で外をぶらつく羽目になったのだが。
 今日は帝人と一日デートの予定だったから仕事は完全にオフ、人間観察もいまいち気分が乗らなかった。
 当然だ。せっかく今日は可愛い恋人と二人でデートを満喫するつもりだったのだから、一人では気が乗らなくて当たり前である。
 そして唐突に気付いた。
「……そうだよねえ、あーあ、俺一人で何やってんだろ」
 しばらく顔も見たくない、と言われたから一人で外に出てみたものの、そもそも出かける必要もないではないか。
 見たくない、と言われても、自分が見たいのだから仕方がない。
 短くした髪を撫でて、日焼けしない頬に触れて、つるんとした額にキスしてやりたいと思ったのだから仕方がない。
 そこに帝人の意思は必要ない。
 そうと決まれば善は急げ、とばかりに臨也はきびすを返した。


 ――が。


「帝人君、ただいまーっ……てあれ、いない?」
 マンションの自室に飛び込むと、そこはもぬけの殻だった。
 リビングダイニング、寝室、キッチンからバス、トイレまで覗いてみたが、誰もいない。
(……おかしいな、帝人君、動けるような状態じゃなかったよね)
 自分でやったことを棚に上げて、思案する。
(どこに行った? まさか本気で愛想つかして帰ったとか!?)
 朝の怒り具合から察するに、ありえない話ではない。
 慌てて携帯を取り出して帝人の番号へ掛ける。が、電話は繋がらず、数回のコールの後『ただいま留守にしています……』と無機質なメッセージが流れた。
「……くそっ」
 一つ舌打ちして、臨也は再びマンションを飛び出した。
 向かうは、池袋。
 帝人の住んでいた部屋である。



 ――だが結局その当ては外れ、がらんとして誰もいない古びた部屋が臨也を出迎えただけであった。
 その他池袋で帝人が向かいそうな場所をいくつか回ってみたりもしたが、結局それも徒労に終わり、仕方なく新宿のマンションへと戻ってきたところである。
 その間何度も帝人へ電話を掛けていたが、やはり無機質な留守電メッセージが流れるだけ。
 突然音信不通になってしまった恋人に、すっかり臨也は振り回されていた。
「……っと、どこ行ったんだよ……」
 本日何度目になるかもわからぬ呟きをこぼして、力なくソファに腰掛ける。そのままずるずるとだらしなく寝そべりながら、誰も居ない部屋を見渡した。
 今までずっと過ごしてきたはずの一人の部屋が、今は何故かひどくがらんどうに感じる。
 それもこれも、全部あの少年のせいだ。
「……だよ、せっかく――」
 ――ガチャ。
「っ!」
 不意に玄関のドアが開く音がして、臨也は瞬間的にソファから飛び起きた。
 此処の合鍵を持っているのは、今のところ二人しかいない。一人は有能だが愛想のない秘書、そしてもう一人は――
 矢も盾もたまらず玄関へと駆け寄る。
 そこに居たのは――
「――……は、運び屋?」
 予想外の人物がそこに居た。
 全身黒のライダースーツにフルフェイスのヘルメット。都市伝説とも言われる通称『首なしライダー』――セルティ・ストゥルルソンだ。
 臨也も何度か仕事を依頼したことがあるため、この家を知っているのは別におかしなことではないが――
 だがどうして仕事を依頼したわけでもないのに彼女が此処に来たのか、その理由がわからない。
 セルティは臨也の顔を見て小さく首を傾げると、PDAを取り出して何事か打ち込み、スッと彼女の後ろにいる人物にそれをかざして見せた。
 そこには――
「――あれ、臨也さん? 帰ってたんですね」
「――っ――!!」
 先ほどから聞きたくて堪らなかったその声に、臨也は思わずセルティを押しのけその少年に抱きついた。
「――っ帝人君!!」
「うわっ! な、ちょ、どうしたんですかいきなりッ!?」
 帝人が驚いて数歩たたらを踏む。だが臨也はそんなことはお構いなしに帝人をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「帝人君、帝人君、帝人君っ……!!」
「ちょ、い、いたいいたいいたい、痛いですってば!!」
 その横でセルティが肩をすくめている。どうやら呆れているようだったが、そんなことはどうでもよかった。
「ホントにはっ、放してくださいッ!!」
帝人の切羽詰った懇願にようやく拘束を解く。が、そのまま帝人の肩に手を置いて、責めるような口調で問い詰めた。.
「帝人君、今まで一体どこ行ってたの。電話も出ないし、どこ探してもいないし」
「さ、探してくれてたんですか」
「当たり前でしょ! 勝手にいなくなるから、俺――」
 その先は言葉にならず、帝人の胸に頭を押し付ける。帝人が慌てた気配が伝わってきた。
「うわ、あ、あの、臨也さん」
「勝手にいなくなんないでよ……」
「あの、ええと、その……すみません……って、セルティさん! からかわないで下さいっ」
 しどろもどろな口調からいきなりひっくり返った声が上がり、押し付けていた顔を上げると帝人が顔を真っ赤にしてセルティがかざしたPDAに目を遣っていた。
 セルティが再びPDAに何やら打ち込む。その姿が妙に楽しそうな気がするのは気のせいだろうか。
 今度は臨也にPDAの画面が向けられた。
『帝人は今までウチに来てたんだ』
「運び屋のトコに? なんで」
「セッ、セルティさん!」
 帝人が慌てた声を上げる。だがセルティはかまわずPDAを臨也に向けた。
『ケーキを作りに。お前に内緒でバースデーケーキを焼きたいからって、ウチに来たんた』
 そしてPDAを持たないもう片方の手に持った化粧箱をかざしてみせた。
「……」
 臨也は呆然と帝人の顔を見る。半信半疑だったが、帝人が真っ赤に染めた顔を逸らすのを見て、セルティの言ったことが本当であると確信する。
 まさか。
「……帝人君」
「――だっ、だって、臨也さん、今日、誕生日じゃないですかッ!  だ、だからっ」
「デートの予定は?」
「そ、それを僕のせいでふいにしたから、せめて、と思って……」
「帝人君」
「は、はいっ――わあッ!?」
 再び帝人の身体を強く抱きしめる。
 そしてその耳元でわざと声を殺して囁いた。
「できれば一言欲しかったな。これでも心配したんだよ?」
「う、は、はい……ごめんなさい……でもこうなったのは臨也さんのせいじゃ」
「でも帝人君が俺のためにわざわざこんなサプライズ用意してくれたのは、すごく嬉しい」
「あ、うう……」
 もうこれ以上真っ赤になったら死んでしまうのではないかというぐらい顔を赤く染めて、帝人が声にならない声を呟く。
 セルティが『いい加減帝人を放してやれ』というのを無視して、臨也は抱きしめたままの帝人の身体をそのまま持ち上げた。
「うわあッ!?」
『帝人!?』
 慌てる二人を尻目に、臨也は極上の笑みを浮かべる。
 先ほどまで急降下真っ只中だった機嫌は再び急上昇、この上ないくらいの上機嫌だ。
 臨也は改めて帝人の身体を抱きかかえなおすと、片手でセルティからひょいと化粧箱を取り上げた。
「運び屋、ここまで帝人君連れてきてくれてありがとー。それじゃこれから二人でラブラブな時間を過ごすから、さっさと消えてくれると嬉しいな」
『ったく、勝手だな』
 セルティはやれやれ、と肩をすくめるとPDAになにやら打ち込んで臨也の目の前に翳してみせる。
『くれぐれも帝人を困らせるんじゃないぞ』
「やだなー俺が帝人君を困らせるような真似するわけないじゃん」
『信用できないな』
 きっぱり言い切ると今度は抱き上げられたまま既に困った顔をしている帝人にPDAを向けた。
『帝人、何かあったらすぐに呼べ。コイツは私が直々に叩きのめしてやるから』
「ははは……ありがとうございます」
 帝人が困ったような乾いた笑いを返すと、セルティはそれで満足したのかひとつ頷いてくるりと踵を返す。
 そのままセルティがマンションから離れていくのを確認して、改めて臨也は抱えたままの帝人に向かってにやりと笑みを浮かべた。
「さてと、帝人君が俺のためにコレを用意してくれたのはいいとして……ヒトを散々振り回してくれたお礼はきっちりしないとね」
 手にした化粧箱を掲げながら、にっこりと見た目だけは優しそうな笑みを浮かべて告げた臨也に帝人が思わず目を剥く。
「なッ!? なんでそうなるんですかッ! 第一これは別に臨也さんに迷惑掛けようと思ってやったわけじゃなくってですね!」
「うん、知ってる」
 あっさりとそう答えて、臨也は「だけどね」と言葉を続けた。
「それとコレとは話が別。だって、俺の誕生日だから何でもしてくれるって言ったのは帝人君だしね」
「え、う、それは……」
「だからこのケーキも『なんでも』の一環でしょ。ならそれとは別にヒトを振り回してくれたことへのお詫びはちゃんと貰わないと」
「……むちゃくちゃだ……」
 帝人が抱えられたままの体勢で思わず頭を抱える。むちゃくちゃだろうがなんだろうが、そんなものは今更だ。
 ため息をついてすっかり降参モードの帝人に、臨也は極上の笑みを浮かべて、訊いた。
「まずは、このケーキ……勿論帝人君が食べさせてくれるんでしょ?」
 その返答に、否やはない。

 さあ、まずは心行くまで帝人(誕生日プレゼント)を味わうこととしよう。

















先に書いた話がうっかり暗かった→やべーやべーこのままだと落ちる(自分が)→よし明るい話を書こう→どうせなららぶらぶにしよう(最近の通常営業)→どうしてこうなった←今ココ
こっちだけ当日に何とか支部に置きました。誕生日間に合った。
サイトに上げるのが間に合わなかったのは…スパコミの日が誕生日なのが悪いのよ!!(笑)



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