「――臨也さんッ!!」
 血相を変えて室内に飛び込んできた声に、ソファに腰掛けたまま資料を読み漁っていた臨也はふと顔を上げた。そして、怪訝な顔をする。
「あれ、帝人君……?」
 何で俺のマンションにいるの、と訊こうとして、そういえば以前カードキーを預けたままだったことを思い出す。危ない危ない、そんなことを訊いたら傷ついた顔をするであろうことは容易に想像がつく。
「『あれ』じゃないですよ! 大丈夫なんですかッ!?」
 大丈夫か、と訊かれても何のことを指しているのかわからない。それが表情に出ていたのか、突然人のマンションに上がりこんできた帝人は怒ったように「刺されたって聞きましたよ!」と声を荒げた。
「ああ、これ?」
 そこでようやく何を言わんとしているかに気付いて、臨也は無造作に服の裾を持ち上げた。
「――っ」
 帝人が息を呑む。
 そこにはおざなりに治療された、生々しい傷痕があった。
 鎮痛剤が効いているから痛みはないのだが、それでもショッキングな映像であることに変わりはない。
 帝人は表情を一変させ、血の気が引いた顔で臨也を見上げる。
 痛ましそうな顔をする帝人に大丈夫という意思表示で薄く微笑み返せば、帝人はとりあえず安心したのかほっとしたように小さく息をついた。
「ていうか帝人君、その話誰に聞いたの?」
 改めてソファに座りなおし、隣に帝人を手招きしながら尋ねる。この件について知っているものは殆どいないはずなのだが。
「奈倉さんって人から連絡があって……臨也さんが、刺されたって」
 アイツか、と臨也は思わず苦虫を噛み潰したような顔になりそうになるのを堪える。あの有能秘書は時として余計なことをしてくれるから困ったものだ。
「……あの、本当に大丈夫なんですか」
「大丈夫だって言ってるでしょ。結構しつこいよね君も」
「あなた方の『大丈夫』や『大した事ない』は信用できませんから」
 きっぱり言い切られて思わず苦笑が浮かぶ。あなた『方』というのが少々気にはなったが。
 帝人が気遣わしげにそっと臨也の手に触れる。
「……死……いなくなっちゃうかと、思いました」
 直接的な表現を避けたのは、その言葉が持つ重さにぞっとしたのだろう。
 『死』は、決して遠い存在ではない。いつだって寄り添うように傍に在る。誰の傍であっても、必ず。
 臨也はその性質上その影が濃く見える、それだけで。
 だから臨也はあえて深く笑みを作り、子供をあやすような口調で帝人に告げた。
「こんなことで死んだりしないよ」
「――つ……でも」
「だから、信じなよ。これでも君よりはずっとタフなんだからさ」
 その言葉は半分は本当で半分は嘘だ。いつ死ぬかなんて誰にもわかるはずがない。この傷とて内臓を外していたから無事だったものの、どこか器官を損傷していたら無事ではすまなかっただろう。
 それでもそんな甘ったるい優しさに包まれた言葉を吐き出すのにた ――安心させるため?
 否。違う。
 信じ込ませるためだ。彼にとって、自分が拠り所となる存在であるということを。
 そうと気付かれないように、そっとその身に繰り糸を巻くのだ。
「……だけど」
 なおも何か言い募ろうとする帝人の口をそっと指で塞ぐ。
 そして深く刻んだ笑みを崩さぬまま、息を吹き込むように耳元で囁いた。
「だってさあ……こんなことでくたばったりしたらもう帝人君に会えなくなるでしょ?」
「ッ!!」
 反射的に帝人が身を引いた。その顔は耳まで真っ赤に染まっている。
 いつまで経ってもうぶな反応を示す少年に、にやにやとした笑みが浮かぶ。
「……かっ、からかうのもいい加減にッ……!」
「からかってなんかないよ。帝人君を遺して逝くなんて、死んでも死に切れない」
「っ、適当なことばかり言って……!!」
 ぱっと臨也の手を振り払い、帝人が怒声を上げる。
 まあ、余計な心配をさせるよりはマシだろう。
「心配して見に来たけど、それだけ元気なら大丈夫ですねッ!」
「そうだね」
「なら僕は失礼しますっ!」
「まあまあ、せっかく来たんだからゆっくりしてきなよ」
「結構です!僕もこれで忙しいんで!」
「つれないなあ」
 ソファから勢いよく立ち上がり本当に帰ろうとする帝人の背中に、臨也は大きくため息をつきながら聞こえよがしにこう呟いた。
「せっかく帝人君に誕生日祝ってもらえるかなと思ったのに」
「えっ?」
 その一言に帝人が足を止めて振り返った。
 ――うん、本当にわかりやすいな。
 臨也はソファの上でわざとたそがれたような表情を作りながら、はぁ……と更に深いため息をつく。
「まあ、誕生日っていってもこの歳だし? 誰かに改めて祝ってもらわなきゃいけないようなモノでもないんだけどさ、それでもやっぱりせっかく誰か一緒にいてくれるならって思ったりしたんだけど」
「え、あ、あの」.
 戸惑いを含んだ帝人の声。背中を向けたソファからちらりと帝人のほうを見上げると、案の定困った顔をした帝人が所在無さげに突っ立っていた。
 視線に気付いた帝人がおずおずと声をかけてくる。
「……ホント、ですか?」
「本当だよ」
 なんだったら確かめる?と傍らにあったカードケースから免許証を引っ張り出すと、帝人は慌てて「いえあのッ! 疑ったわけじゃないですッ!!」と弁解した。
 突っ立ったままの帝人に手招きして、再びソファに座らせる。
 ああ言えば帰るのを躊躇うだろうと思ったが、全くそのとおりで思わず笑い出してしまいそうだった。
「あ、あの、僕……」
 遠慮がちに何か言おうとする帝人に、にっこりと笑いかける。
「知らなかったんだよね?」
「あ、あの……すみません」
「謝らなくていいって。俺も言わなかったし」
「あの……僕、何も用意してなくて……」
「うん、いいよわかってるから」
「……」
 すっかり消沈して俯いてしまった帝人の頭を撫でてやりながら、内心鼻で笑う。
 どうやら思った以上にこの子供は自分に傾倒してくれているらしい。
 扱い易くはあるが、その反面あまり懐かれすぎても面倒だ。
 ほどほどのところで距離を置いてやらないと、ただ尻尾振るだけの子になられるのは面倒だよね、と思いつつ、今の状況を嬉しいとか思ってしまう自分がいることにも気付いている。
 ――まあ、それなりに時間と手間をかけて、俺のこと信用させてきたわけだし。
 そう片付けて、とりあえず本題を切り出すことにした。
「だからさ、まあ代わりといってはなんだけど――」
 帝人はじっと臨也を見つめている。
 その黒目がちの瞳に自分の姿が映っていることに満足しながら、臨也は言葉を続けた。
「俺に、権利を頂戴」
「権利……ですか?」
 帝人が首を傾げる。
「そう。ずっと帝人君の傍にいる権利」
 訝しげに寄せられた眉を、瞼を、頬を、そっと指先で撫でてやる。
「ねえ、言ったよね? 俺は君に興味がある。君がこの先どんな進化を遂げるのか、君はどんな変化を、あの街に齎すのか――」
「そんな、僕は――」
「俺は君が思っている以上に君に期待してるんだよ? あれだけのことをやってのけた君のことを」
 帝人が、小さく息を呑んだ。
「だから、ねえ……ずっと傍にいさせてよ。ずっと帝人君のことを見ている権利を、俺に頂戴」
「そん、なの……」
 出来ません、なのか、それとも別の何かなのか。口ごもってしまった帝人に、優しく囁く。
「ね。 ――一緒に居てよ、ずっと」
 その言葉は最早強制力をもって、帝人をがんじがらめに縛り付ける。
 逃れられない繰り糸の呪縛に少年は否応なく身を預ける。
 それを抱き止めながら、臨也はそのどこまでも純粋で愚かな少年を潮笑う。

 これは自分が丹精こめて作り上げた駒。
 こんな最高の玩具、そうそう手放してなどやらない。
 誰に渡すつもりも毛頭ない。

 コレは、飽きるまで/壊すまでずっと俺のモノ。

 それは果たして彼の望みか、それとも自分の願望だったのか。
 その歪んだ独占欲は、果たして何と呼ぶべきものか――

 執着の奥に芽生える感情に気付かない振りをしながら、臨也はただ、優しく少年を抱きしめた。

















アレだ、他の二人を祝っておいてうz…臨也だけ祝わないのは流石にかわいそうだ…と思って頭をひねらせた結果。
原作沿いだと2年目ってちょうど刺された辺りじゃなかったっけ…というおぼろげな記憶を元に(読み直せよ)書いたらうっかり暗いというかなんというか
あまりにももよもよした話になってしまって煮え切らなくなった結果もう一本書いたという…
誕生日ネタで2本も書くことになるとは思わなかったぜ…




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