――煩いなぁ……。
 昨年も同じくらいの時期に流れていた、どこか調子はずれなBGMが耳につく。
 帝人は手元の書類をやや乱暴に揃えながら、耳障りなCMを流すテレビにジト目を向けてため息をついた。
 別にテレビが悪いわけじゃない。ただ、ここぞとばかりに商品戦略に乗せるどこかのだれかのやり口が気に食わないだけだ。
 そして、ここぞとばかりに乗っかる大人がここにも一人。
「あっれどうしたの帝人君ため息なんかついちゃって。なんかヤなことでもあった?」
 ワークチェアをきぃきぃ言わせて振り返ったのは帝人と違ってひどく上機嫌な男。
「……いーえ、別に」
「ふーん、そう?そうは見えないけどねぇ」
 帝人の返答に、デスクに置いたモノをこれ見よがしに弄りながら臨也は首を傾げる。
 だがそれ以上興味もわかないといった風に臨也は別の話題を口にした。
「それよりさぁ、帝人君見てよコレ。毎年毎年、みんなよく飽きないものだよねぇ」
 言って臨也が示したのは先程までこれ見よがしに弄っていた包みの山だ。
 明らかに手作りとわかるものから、帝人も知っているような超一流高級店のそれまで。デスクに山と積まれたそれは誰がどう見てもチョコレートだった。
 仕事するのに邪魔だよね、と帝人は心中で冷めた呟きをもらす。
 臨也がその中のひとつを摘み上げながら苦笑を浮かべた。
「なんていうかさぁ、青臭い学生じゃあるまいしよくもまぁ懲りずに送ってくるよね。こんなので俺が傾くとか思ってんのかなぁ。うわ、これ手作り?」
 何か入ってそう、と愁眉をひそめた臨也を、帝人は険をはらんだ目で睨みつける。
「……臨也さん、食べ物で遊ぶんなら片付けてください」
 苛々を隠そうとしない帝人の言葉にだが臨也は悪びれもせずに答える。
「ゴメンゴメン。ああそう言えば帝人君は貰ったの?あの仲の良かった女の子からとか?それとも――」
 ――ぷちん。
 なおも話題を引っ張ろうとする臨也に、帝人の中で何かがキレた。――音がした、気がした。
 ガタンッ!!
「っい加減にしてくださいっ!!誰が誰にチョコ貰おうが僕には関係ないでしょうッ!!」
 勢い良く机を蹴り飛ばして立ち上がった帝人に、臨也が一瞬呆気に取られた顔をした。
 堰を切ったような帝人の言葉はさらに続く。
「大体さっきからなんですか!チョコチョコチョコチョコって、アンタは○ッテの回し者ですか!?販売戦略ですか!?バレンタイン神父の親族かなんかですかッ!?」
「み、帝人君?」
 本気で驚いているらしい臨也を尻目に、バサッ、だんっ!!と勢い良く書類をぶちまけ、帝人はそのまま出て行こうとする。
「え、ちょ、帝人君?どうしたの落ち着」
「うるさいッ!!臨也さんなんてチョコの食べ過ぎで太って死んじゃえ!!!!」
「はァ!?」
 ばたんッ!!
 珍しくも全く状況についていけないでいる臨也を残して、帝人は思い切りドアを閉めた。



「…………やらかした……」
 はぁー……、と肺の奥から搾り出すようなため息をつき、帝人は閉めたドアに背中をつけて項垂れた。
 そしてそのままズルズル、とその場にしゃがみこむ。
 あんなことを言うつもりはなかったのだ。
 どんな話を振られようと、笑って受け流せば済むとそう思っていたのに。
 自分がもらえようがなかろうが、臨也には関係ない、それで済む話のはずなのに。
 臨也が何を受け取ってこようが、自分には関係ない、それで済む話のはずなのに。
 それでも、すごく腹が立った。
 何にだろうか。
 結局チョコなんてひとつももらえていないという事実にだろうか。それとも予想通りではあったが抱えるようにチョコを渡され、しかもそれを断らずに受け取っている臨也にだろうか。そもそもバレンタインという浮ついた雰囲気自体に苛々している気もする。
 頭がごちゃごちゃしてきてもはやよくわからなくなってきた。
 ――そもそも、無神経にこんな話題を出す臨也さんが悪いんだ……。
 自分が誰かからもらうようなことなんてそうそうあるはずないし、それにあったとしてもきっと受け取らないだろうということがわかっていて、それでも自分は受け取ってこれ見よがしに見せ付けてくる臨也が悪い。
 そう結論付けると、収まってきたはずの苛々がまたむくむくと鎌首をもたげてくる。
 ――そうだよ、誰だって好きな人がチョコ受け取ってたら腹が立つってことぐらい、少し考えればわかることじゃないか。
 しゃがんだままぶつぶつと小さく愚痴をこぼす。と、不意に背中にしていたドアが開いた。
 帝人は胡乱げに見上げる。そこには珍しくも困ったような顔をした臨也が立っていた。
「……何ですか」
 苛立ちが収まっていない帝人の声は自然と険をはらんだものになる。臨也は僅かに目を伏せながら、「……ごめん」と小さく呟いた。
「まさか、あんなに怒るとは思わなくて」
「何が、ですか」
「ほら、あの……チョコレート。厭だったんだろ?俺としてはさ、ちょっと妬いてほしいなーとか、そう思ってただけなんだけど」
「……妬いてませんよ」
「え?」
「別に妬いてませんよ。ただ少し、腹が立っただけです」
「それってつまり妬いてるんじゃ」
「違います。臨也さんのそういうデリカシーのなさに呆れただけです」
 ぴしり、と言い放って帝人はよっと立ち上がる。さっきまでの鬱々とした気分は言葉と一緒に吐き出して、ほんの少しだけすっきりしていた。
 振り返って見上げるとドアから身を覗かせている臨也と目が合う。珍しくどうしたらいいかわからない、といった表情を浮かべている臨也を見て、何となく勝ったような気分になる。
「それで、あのチョコはどうするんですか?」
「ああ、あれね。捨てたよ、全部」
「……捨てた?」
 予想外な返答に帝人が眉をひそめた。
「うん。帝人君が厭そうな顔したから、窓から全部捨てた。別に欲しくて受け取ったわけじゃないし」
 あっさりそう言い放つ臨也に、帝人は小さくため息をついた。その潔さは見習いたいものがあるが、だからと言って喜べるものでもない。少なくとも、帝人はそうだ。
「帝人君?」
「……臨也さん」
 帝人は無意識に寄っていた眉間のしわを懸命に伸ばし、敢えて笑顔を作りながらはっきりと、言った。
「どんなものであれ、僕は食べ物を粗末にする人は、嫌いです」
「え、」
「拾ってきてください。今すぐ」
 にこにこ、にっこり。
 下手な武器よりもよっぽど凶悪な笑顔に、池袋の自動喧嘩人形すら手玉に取る恐れ知らずはだが小さく首を縦に振ることしか出来なかった。
















ぴくしぶろぐ。バレンタインネタでひとつ。
初回特典版で有名なあの歌を入れるか迷ったのですが入れませんでした(調べるのが面倒だったとも言う)
因みに「太って死ね!」は会社の先輩が旦那に対して実際に放った名(迷)言である。



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